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認知症や二次相続(※)の対策になる家族信託の手続きは、遺言書などのように書類を作成するだけではありません。契約書自体を公正証書で作成したうえで、信託財産をそれ以外の財産と分けるための登記などが必要です。
ここからは、家庭信託の契約内容の取り決めから、開始するまでの手続きについて、順に紹介します。基本的に専門家に依頼したほうがいい内容ですが、依頼先候補となる有資格者の専門分野などについて、自身でもわかっていると安心です。
※二次相続:最初の相続で、相続人となった配偶者が亡くなったあとに発生する相続のこと
家族信託の手続きの流れ
家族信託の手続きは、契約の目的や内容を決めるだけでは終わりません。書面での契約や、信託財産にする不動産および預貯金に関する手続きが必要です。
下図は、家族信託の手続きの流れを、5つのステップに分けたものです。
それぞれのステップについて、順に見ていきましょう。
家族信託の目的と内容を決める
家族信託を契約する目的は、大切な財産を指定し、信頼できる親族のもとで管理・承継することです。具体的には「認知症対策」や「家業の承継」などが目的になりますが、将来の細かいイメージまで当事者となる家族間でしっかり話し合いましょう。
信託の内容に関しては、トラブル発生を防ぐため、いくつか検討したいポイントがあります。下記はその一例です。
- 自宅や老後資金をどう管理するか
- 信託財産の運用利益をどう分配するか
- 将来、遺留分トラブルが発生する可能性はないか
- 受託業務に何が含まれ、受託者にどんな負担があるのか
- 委託者の指図権がなくても、受託者ひとりで管理できそうか
- 受託者に支払う信託報酬はありとするか、なしとするか
参考:高齢者の財産を適正に管理し承継するための選択肢|独立行政法人国民生活センター
信託契約書を作成する
家族信託のための信託契約書に、決まった書式はありません。おおむね信託法の定めにある下記の項目を入れ、弁護士や司法書士に作成してもらうのが一般的です。
- 契約の趣旨
- 信託の目的(+内容)
- 信託する財産(具体的に記載)
- 当事者(少なくとも委託者・受託者・受益者の3者)
- 信託期間、信託終了時に関する事項(残余財産の帰属先など)
どの項目も最終的には法的効力をもつため、あいまいな表現で記載するのは禁物です。信託財産であれば資産の種類ごとに範囲を明記する、信託の内容であれば財産管理について具体的に書くなど、解釈のブレが生じないようにしましょう。
信託契約書を公正証書にする
信託契約書は、手元で作成して署名押印した私文書ではなく、公正証書で作成する必要があると法律で定められています。公正証書とは、公証人が権限に基づいて認証することで作成できる、公文書としての判決謄本などと同程度の効力をもったものです。
公正証書の作成にあたっては、最寄りの公証役場で予約し、当日は受託者および委託者で揃って手続きする必要があります。それぞれが用意するものは下記のとおりです。
- それぞれの実印
- 印鑑証明書(発行後3か月以内のもの)
- 運転免許証などの本人確認書類
- 登記事項証明書(不動産を信託する場合)
- 公正証書の作成手数料※
※受託者負担とするのが一般的です。
信託契約書の作成にあたっては、公正証書を作成するための手数料がかかります。手数料の額は、信託財産の価額が5,000万円以下であれば、5,000円から29,000円の範囲で段階的に定められています。
信託財産を登記・登録する
信託契約を書面で締結したあとは、受託者が管理できるよう、財産の種類に応じた登記などの手続きをします。必要な手続きは下の表の通りです。
財産の種類 | 管理方法 |
---|---|
不動産 | 登記 |
自動車 | 名義変更、登記 |
金銭・有価証券 | 信託口口座などへ預入 |
非上場会社の株式 | 株主名簿の書き換え |
そのほかの動産 | 容易に区別できる方法で保管 |
不動産:信託登記を法務局で申請する
不動産など名義のある財産は、法務局で信託登記と呼ばれる手続きが必要です。手続きを完了させて登記簿で確認できるようにしないと、売却など信託契約にない方法で管理され、トラブルになるかもしれません。
そのほか、不動産の種類により以下の対応も必要です。
■自宅を信託した場合
固定資産税や水道光熱費の引落口座につき、信託内容に合わせて変更します。
■賃貸物件の場合
契約内容によっては、入居者とあらためて賃貸借契約を締結し直す必要があります。
■農地の場合
農地法による規制があるため、そのままだと信託できません。契約前に宅地造成して地目を変更するなどの対応が必要です。なお、宅地にする場合は、原則として農業委員会への届出が必要です。
自動車:管轄区域の陸運局で信託登記を提出する
自動車を信託した場合は、名義変更と信託登録の手続きが必要になります。どちらの手続きも管轄区域の陸運局にて申請することが可能です。
信託登録の申請は受託者のみで行うことができるため、申請書に必要事項を記入し提出します。一方で、名義変更は必要書類の準備にあたって登録名義人の対応が必要になるため、どのように進めたらいいかを確認しておきましょう。
金銭・有価証券:信託口口座の開設と送金手続きをする
預金口座や証券口座の残高は、口座ごと信託するわけにはいきません。専用の銀行口座である信託口口座(しんたくぐちこうざ)(※)を開設し、残高および預入資産を移動させる必要があります。
なお、受託者名義の銀行口座を信託専用に使うこともできますが、すでに受託者個人の資金が入っているものは使えません。法律により、信託財産は他の財産を分けて管理するよう義務づけられているためです。適切に管理し、運用中の取引相手に信託中であると証明するためにも、信託口口座を利用したほうが良いでしょう。
※信託口口座の取扱いについて
信託口口座の取扱いがあるかどうかは、金融機関によって異なります。大手の銀行なら基本的に開設できますが、ネット銀行の場合はほとんど対応していません。
非上場会社の株式
会社を継がせることなどを目的に自社の株式を信託するのであれば、株主名簿の書き換えが必要です。株主名簿とは、会社の上場や公開の有無に関わらず、株式を誰が保有しているのか分かるように作成が義務付けられている書類です。
注意したいのは、社長が会社を所有している場合に発行されることの多い「譲渡制限株式」の信託です。株式を信託する場合、所有こそ委託者のままであるものの、譲渡扱いになります。したがって、譲渡制限がついている株式は、信託契約や株主名簿の書き換えにあたって株主総会決議が必要です。
家族信託による財産管理の開始
信託財産について各種手続きが終わると、受託者の財産と信託財産が完全に分離した状態になります。こうなれば、いよいよ実際に「受益者にお金を払う・第三者との契約締結を行う」などといった管理のスタートです。
なお、財産管理が始まると、受託者には帳簿作成や報告及び保存の義務が課せられます。支出が発生したときは領収書をもらって保管したり、一定期間ごとに収支や財産の状況について貸借対照表などの資料を作成したりしなければなりません。
家族信託の手続きはどこで相談するのがいい?
家族信託の手続きに関する相談先は、弁護士や司法書士といった士業のほか、家族信託を専門に扱っている企業などが挙げられます。状況次第では、信託商品を取り扱っている金融機関も相談先の候補になるでしょう。最近では、不動産会社や保険会社も経験・知識を積み、相談窓口を開設しています。
ここでは、それぞれの相談先の詳細について見ていきましょう。
司法書士に相談する
契約書作成や不動産の信託登記を主とした相談は、司法書士の専門分野です。複数の契約当事者から同時に依頼を受けられる「双方代理」ができることで、信託前の調整がしやすいのも利点です。
一方で、信託の税務に関しては、司法書士の資格の範囲ではカバーできません。信託前にあった契約や権利関係について問題解決しなければならない場合にも、原則として訴訟代理権を持たない資格であるため、適しません。
弁護士に相談する
法律に関わる相談を全般的に扱うことができる弁護士は、家族信託のあらゆる業務についてアドバイスや手続き代行ができます。信託前に解決したいトラブルがあるときは、訴訟などといった裁判手続も扱えます。迷ったときは、弁護士に相談するのが確実です。
ただし、弁護士報酬は司法書士に比べて高くなる傾向にあり、費用面で注意が必要です。扱える分野が多岐に渡るだけに、家族信託について実績や知識のある人を探しにくい問題もあります。
税理士に相談する
税理士が得意とするのは、相続税や贈与税、譲渡所得税に関する相談です。契約が始まると税金の計算方法が変わるため、家族信託を始める前から、なるべく相談しておきたい領域と言えるでしょう。
一方で、家族信託の契約や手続きそのものに関しては、税理士の扱う分野から外れます。一般的なのは、弁護士または司法書士といった契約・登記の専門家に相談し、そこから税理士に連携してもらう相談方法です。
行政書士に相談する
私文書・公文書のどちらも作成代行できる行政書士は、家族信託の契約書の作り方について相談できる相手です。遺言書などの予備的な対策をしたいときも、書面の作成方法についてアドバイスがもらえます。
もっとも、信託不動産の登記申請書類については、行政書士が扱うことはできません。家族信託を専門分野とする資格保有者は非常に少ないため、契約の設計から任せたい場合も不向きです。
民間企業に相談する
最近では、銀行や不動産会社、保険会社などでも家族信託の相談対応を行っています。これらの民間企業の相談窓口では、家族信託に限定せず、認知症や相続に向けて広く対策の提案をしてもらえるのが一般的です。
あくまでも選択肢の一つとして家族信託を検討する段階だと、お金や不動産を取り扱っている相談窓口のほうが、良い対応が期待できるでしょう。財産の価値を査定したり、ファイナンシャルプランナーが資産状況を診断してくれるなど、さまざまな観点で支援してくれるからです。
金融・不動産の会社だと対応できない範囲として、法律相談や手続きの代行が挙げられますが、特定の士業の利益に偏らないため、フラットな立ち位置からの提案が期待できる点はメリットです。
また、近年では家族信託を専門に取り扱うサービス・企業もあります。他の民間企業よりも家族信託の実績も多いことが考えられるため、信託における悩みも気軽に相談しやすいといえるでしょう。
家族信託の手続きに関するよくある質問
家族信託は実例がまだ少ないため、手続きにかかる時間や信託の終期など、さまざまな質問が寄せられます。ここでは、そのなかでもよくある質問と、それぞれの回答について見ていきましょう。
家族信託の契約手続きにかかる期間は?
家族信託の契約手続きに必要な期間は、手続きだけであれば、スムーズに進む場合で1か月程度です。この期間のうち信託契約書の作成でかかる部分は、公証役場での事務処理のため、短くても2週間程度となります。
ただし、手続き前に必要な家族間での認識合わせには時間がかかる傾向があります。ただ、ここでしっかりとした認識合わせをしておくことが、のちのトラブル防止では重要となってきます。
家族信託の30年ルールとは?
家族信託は、委託者だけでなく受益者が亡くなった場合も想定し、二次相続以降を踏まえた長期の信託期間を取り決められます。ただし、信託契約の開始から30年が経つと、そのあとは受益権を1回までしか移動させられないとする「30年ルール」があります。
たとえば、委託者かつ最初の受益者である人について10年以内に相続が開始され、そのあとは20年以内に子について相続開始となる予定を見込んでみましょう。この場合、孫に受益権を移して財産を承継させることはできますが、ひ孫の代になると困難です。
自分で家族信託の手続きをすることはできる?
家族信託の手続きは、弁護士や司法書士などの専門家に依頼するのが一般的ですが、目安として信託財産の1%程度の報酬がかかります。この費用を節約するため、自分で手続きすることを検討する方もいますが、現実的ではないと言わざるを得ません。
委託者やそのほかの当事者のイメージに沿った契約書面の作成は、法律文書の作成に慣れた弁護士や司法書士でないと、間違いが起こる可能性があります。一般的な契約書と違って、内容が複雑になるためです。
家族信託の契約では「あらかじめ税金の計算をしておく」「予備的に任意後見契約や見守り契約をする」といったように、複数の分野から専門性の高いアプローチをするのが普通です。自己判断で手続きすると、上記のような観点が抜け落ちてしまうかもしれません。
家族信託の手続きは専門家に相談して進めよう
家族信託の手続きは複雑です。公正証書で契約書を作成しなければならない手間や、信託財産を他の財産から分離するための対応などもあります。体力のある元気なうちに契約の設計を決め、手続きを進めると良いでしょう。
手続きの段階でない場合は、成年後見制度や遺言など、家族信託以外の手段も視野に入れたうえで、専門家に相談するのがベターです。認知症対策・生前対策を広い視点で考えられるよう、不動産会社・保険会社などに相談してみるのもおすすめです。
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