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家族信託の契約手続きは、認知症になってからでも状態によっては間に合う場合があります。
初期症状や軽症の診断であり、本人も契約内容などについて正しく理解できる状態なら、健康な人と同じく有効な信託契約を締結することが可能です。
ここからは、認知症の診断が家族信託に与える影響について、基本的な判断基準や、具体的な対応方法を解説します。
家族信託は認知症になってからでも手続きできる?
判断能力が不十分となった状態での契約は無効となるのが原則ですが、家族信託の手続きは認知症と診断されたあとでもできる可能性があります。信託契約書をつくるとき、内容などについて理解できる状態だと公証人が認めさえすれば、手続きを進められるのです。
すでに判断能力を失っている場合は利用できない
家族信託は、委託者と受託者がそれぞれ自分で判断し、合意によって始まる契約の一種です。そのため、認知症のせいで判断能力が不十分になっていると、利用できません。契約によって法律上の権利義務を新たに生じさせるためには「意思能力」が必要だと、民法で下記のように定められているからです。
意思能力とは、契約による権利義務の変化や、それが自分にとって損か得かを判断するための能力です。認知症が一定程度進めば、上記の力は失われ、法律上は家族信託以前に有効な契約を結べなくなります。
初期・軽度の認知症であれば利用できる可能性はある
家族信託を始められるかどうかは、病名ではなく「実際に判断能力があるか否か」が基準です。初期または軽度の認知症なら、信託契約を有効に締結できる可能性があります。
ポイントは、家族信託における判断能力の有無につき、信託契約書の作成に立ち会う「公証人」がジャッジする点です。公証人とは、法務大臣より任命された公務員で、各種契約書・合意書を公文書する役割を担います。当事者の病状については医師が診断しますが、契約の有効性については公証人が判断するのです。
仮に、当事者が要介護状態や入院中であったとしても、公証人が問題ないと判断すれば家族信託を始められます。逆に、医師が「軽度の認知症」と診断していても、公証人に「判断能力が不十分」とされると、信託は始められません。
公証人による判断能力の判断は、口頭での質問や訪問を通して行われます。病院の検査に頼らず、本人の状態をしっかりと見極めるためです。
判断能力の有無はどう確認する?
契約しようとする人の判断能力の有無について、明確な基準はありません。一般的には下記のような要素から、総合的に判断されます。
- 認知症診断前の本人の状態
- 認知症診断前の本人の意思
- 契約締結当時の現場の状況
- 自分でサインできていたか
- 司法書士などの立会いの有無※
- 診断書、医療記録、看護記録
- 介護保険の申請状況
※家族信託の契約では、公証人の立会いをもって有利な判断がされます。
判断能力ありと認識できる要素が揃っていても、油断はできません。契約の当事者でない親族などから異論が出て、契約締結後に無効となってしまう可能性は否定できないのです。
認知症が疑われ、なおかつ家族信託を検討している場合は、「早く相談しておくべきだった」と後悔しないように、早めに専門家に相談すると良いでしょう。
家族信託でよくある失敗については、以下の記事でも詳しく紹介しています。こちらも参考にして、万全の体制で契約に臨みましょう。
認知発症後でも家族信託を利用できた事例
認知症発症後でも家族信託を利用できる例はいくつかありますが、ケースによって状況は異なります。基本的には、公証人の権限による質問で「今回の契約内容や、自分にとっての損得が理解できる」と判断されたなら、問題なく利用可能です。
ここでは、認知症発症後に家族信託を利用できた事例を2件紹介します。
委託者Aさんは認知症検査の結果「初期症状あり」と認められましたが、日常生活での自立度は問題ないと医師が判断しています。一方で、検査前から視力低下や筋力低下があり、公証役場の受付でも間違いが多く見られました。
→運筆や筆跡を見て、Aさんの状態につき受託者から聞いた公証人は、Aさんの氏名・住所・生年月日のほかに、所有する財産の状況や今回の契約内容を口頭で聞き取りました。その結果、淀みなく答えることが出来ていたため、家族信託の契約締結に協力しました。
委託者Bさんは認知症検査の結果「進行が見られる」とされ、日常の買い物や契約について家族に手伝ってもらうことがあります。物忘れも時々見られ、元気なときの本人の希望で、自宅の管理と介護施設への入所を予定しています。
→状況をヒアリングして本人の様子を見た公証人は、Bさんと公証役場で会うだけでなく、後日自宅に訪問して話すことにしました。その結果、B自身の情報や資産状況だけでなく、役場で話した契約内容のほか、公証人の氏名も、2度に渡って忘れることなく口頭で聞き取ることができました。上記の結果を受けて、家族信託の契約締結となりました。
※参考文献:
渡部朗子(2019年12月).「遺言能力をめぐる諸問題」.高岡法学 第38号
三輪まどか(2014年3月).「高齢者の意思能力の有無・程度の判定基準」.横浜法学第 22 巻第 3 号
認知症が進行している場合の家族信託
認知症が進行して判断能力が低下してきている状況でも、家族信託をあきらめるのは早いかもしれません。すぐに相談すれば、まだ間に合う可能性は残されています。
専門家の意見を仰ぐことで、仮に家族信託が認められない状況だったとしても、法定後見人制度など、別の方法を速やかに検討するきっかけになります。
まずは専門家に相談してみる
既に紹介したように、医学的見地では認知症の進行が確認できる状態であっても、家族信託を始められる余地は残されています。大切なのは、一刻も早い専門家への相談です。これ以上進行する前に司法書士や弁護士の意見を聞くことで、有効に信託契約を締結できる可能性は大きくなります。
法定後見制度を利用する
家族信託を利用できなかった場合は、法定後見制度の利用を検討しましょう。
法定後見人制度を利用するためには、家庭裁判所で後見開始の審判を申し立てる必要があります。後見人に選ばれた人は、財産管理と身上監護によって、本人の生活を支えます。
家族信託と法定後見制度の違いは、家族信託が自由な財産管理のための契約であるのに対し、法定後見制度は本人の生活保障のための制度である点です。
より具体的に比較すると、下の表の通りです。
違い | 家族信託 | 法定後見制度 |
---|---|---|
目的 | 財産管理・運用を任せること | 財産管理や身上保護などの手続きに関する代理権を与えること |
財産の管理者を指名する権限 | 本人(委託者)にある | 家庭裁判所にある |
効力が発生するタイミング | 契約締結時 | 本人の意思能力が喪失し、家裁の審理を経たあと |
できること | 財産の管理・運用・処分 ※本人との合意の範囲で、元本減少のリスクがある行為も可 |
財産管理 ※元本減少のリスクのある行為は不可・不動産の修繕などは家裁の許可要 |
費用 (専門家に依頼する場合) |
手続き費用:50万~100万円 | 手続き費用:10~30万円(※) 後見人への報酬:月額2~6万円 |
※専門家に依頼した場合
法定後見制度のメリットは、身上監護の義務によって日常生活の支援を受けられることや、家庭裁判所への報告義務付きで安全に財産管理を行ってもらえることです。
一方で、自宅の修繕やほかの一定の行為については許可が必要になるなど、財産の取り扱いに関する自由度は低くなります。
費用を比較すると、法定後見制度のほうが低額です。家族信託はほとんどの場合で信託財産に応じた専門家報酬が必要になるのに対し、法定後見制度は裁判所が決定する費用さえあれば利用できます。
公証人による判断能力の判断は、口頭での質問や訪問を通して行われます。病院の検査に頼らず、本人の状態をしっかりと見極めるためです。
認知症になる前に家族信託を行うメリット
ここまで述べたとおり、認知症と診断されていても、家族信託の契約ができる可能性はあります。しかし、判断能力が衰えた状態では契約できないため、認知症と診断される前に手続きするに越したことはありません。
前もって信託契約するメリットとしては、次の3つが挙げられます。
- 財産管理・運用がしやすい
- 口座凍結による生活費不足を防げる
- 費用負担を抑えられる
それぞれ見ていきましょう。
財産管理・運用がしやすい
認知症によって判断能力の低下による契約の制限は、本人名義の全財産に及びます。意思能力がないことで、管理・運用・処分が全くできなくなるのです。一例として、下記のようなものが挙げられます。
- 銀行取引(引き出し、解約など)
- 生命保険(保険金の請求、解約、変更など)
- 不動産取引(売却、貸す、リフォーム)
- 相続税対策(生前贈与など)
あらかじめ家族信託を契約しておけば、本人の状態に関わらず、これらの資産の管理・運用・処分についての判断を、受託者がいつでも引き継ぐことが可能です。
認知症により判断能力が不十分になると、有効な法律行為が全く結べないため、遺言による相続分の指定もできません。家族信託の契約があれば、受益権や信託終了時の取扱いによって遺言としての機能も期待できるため、安心です。
口座凍結による生活費不足を防げる
認知症の進行によって最も困るのが、預金口座の凍結です。本人に意思能力がないとわかると、詐欺や不正を防止するため、銀行側で入出金操作を止めてしまいます。この状態だと、必要な生活費すら下ろせません。
家族信託の契約では、あらかじめ信託専用の口座を作り、作った口座に必要な資金を入れて、いつでも出金できる状態にしておけます。この口座もまた、元の預金者の健康状態に関わらず受託者側でいつでも出金できるため、生活費不足の可能性はなくなります。
費用負担を抑えられる
ひとたび認知症の進行によって判断能力が不十分になると、法定後見制度しか選択肢がなくなります。その場合の問題点としては、高額な資産がある場合、司法書士や弁護士などの第三者後見人がつく可能性が大きくなることが挙げられます。
なお専門職の後見人に対しては、ひと月ごとに後見報酬が発生するのが普通です。報酬として払うべき金額の相場は、下の表のように高くなります。
財産管理額 | 法定後見制度の月額報酬 |
---|---|
1,000万円以下 | 2万円 |
1,000万円超え~5,000万円以下 | 3~4万円 |
5,000万円超え | 5~6万円 |
参考資料:成年後見人等の報酬額のめやす
家族信託の場合、法定後見制度よりも費用を抑えられます。受益者代理人や信託監督人の報酬額なら、月額1万円程度が相場です。信託監督人を置かないという条件下であれば、合意できる限り、無償で親族に受託してもらえる余地が十分あります。
弁護士や司法書士に信託監督人とする場合だと月額10万円となりますが、そうでなければ、報酬設定による継続的な費用負担を押さえられる見込みです。
認知症になる前に家族で家族信託について話し合おう
認知症がある程度まで進行すると、法的にも契約内容などを自分で判断する力がないものとみなされます。このような状態で家族信託を始めようとしても、有効な契約を結ぶことができません。
万一のときに口座凍結・資産運用の中断などといった憂き目に遭わないよう、早めに家族で健康状態が悪化したときついて話し合っておくと良いでしょう。その上で、家族信託は向く人と向かない人がいることを考えるのも大切です。
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